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Rating:
Archive Warning:
Category:
Fandom:
Relationships:
Characters:
Additional Tags:
Language:
日本語
Stats:
Published:
2025-12-04
Words:
4,619
Chapters:
1/1
Comments:
2
Kudos:
5
Hits:
28

『いつかその手を掴むから、』

Summary:

マークに格好良いと思われたいジェイクとジェイクの行動の理由に薄々気付いているスティーヴンとまだ何も知らないマークの話です。
合流直後の分裂している世界、ジェイクの一人称は「私」イメージです。

Work Text:

「ジェイクはブラックだったよな?」
 紙袋を広げながら言ったマークの言葉に、じっとりと隣に座るジェイクを見つめる。
 スティーヴンの視線に気付いているのかいないのか、ソファに肘をついて座っていた彼は「ああ」と微笑んで小さく手を上げた。良かったと緩められたマークの眉に益々自分の目付きがじっとりとしていくのが分かる。コーヒーの香りと二人の会話に息を吐いたスティーヴンは、ひそかに疑惑を深めてジェイクの手の中のカップを眺めた。
 スティーヴンがもしかしてと思ったのはつい三日ほど前のことだった。色々とあってそれぞれの身体を得て、一人分から三人分へと物理的に増えた暮らしに慣れつつある中でふと抱いた違和感だった。きっかけが無ければそんなまさかと思ってしまって気付かなかったかもしれない。身体を得るほんの少し前にようやくしっかりと自己紹介をしたジェイク・ロックリーは、そのぐらいにすっかりスティーヴンとマークの中でクールな人物として印象づけられていた。
 しかし――しかしである。
 スティーヴンは見てしまった。
 普段甘いのが苦手だという顔をして、ブラックコーヒーを片手にクールなそぶりで車のキーを指に引っ掛けて、ウインクなんて上手くきめてみせて、どう行動しようと私の自由だろうだなんて言って深夜に家を抜け出して、ハードボイルド小説よろしく冬の夜闇の中に消えてみせる彼が――甘いキャンディをポケットに突っ込んでいるところを。
 初めは禁煙でも始めたのかなと思ったけれど、様子を見る限りそもそも煙草を吸っていたようなそぶりは無い。なんなら葉巻でも吸っていそうなものなのに、ジェイクは今のところ喫煙には興味が無いようだった。
 それならやっぱり甘党なんじゃないかと自分の分のコンブ茶を受け取りながら手元を眺める。もちろん根拠はその飴だけではなかった。怪しいと思ってよくよく観察してみると彼はこっそり共用おやつボックスのチョコレートを食べていたし、ポケットは飴玉でいっぱいらしかったし、昨日の帰り道に目撃した時なんてチョコレートとナッツのたっぷり乗ったエクレールを買っていたし、それどころか合わせてホットココアまで片手に持っていた。
 どこからどう見ても甘党である。
 甘いものが好きだったところで何もおかしなことなんて無いんだから堂々としていれば良いのにと思ったけれど、彼の事情はもう少し複雑らしかった。
 スティーヴンの三日間の観察記録によると、ジェイクがクールな顔をしてみせる時はものすごく限られている。あまりにもわかりやすかったからいやいやそんなまさかと首を振ってみたりもしたけれど、やっぱり間違いなくその時だけであるようだった。
 クールでスマートでなんでも出来る、ハードボイルドな第三の男、謎に満ちたジェイク・ロックリーは、どうしてかマークに格好良いところを見せたいようだった。
 スティーヴンにだって彼の考えていることの想像ぐらいは出来る。実のところ、初めて顔を合わせた時からそうなんじゃないかと思っていた。なにしろその時のジェイクといったら、マークの顔を見てしどろもどろになって真っ赤な顔を一度覆って隠してからやっと『ようやく気付いたのか』なんて低い声で言って笑ってみたりしていたのである。スティーヴンでなくとも、多分わかる。マークだけはどうやら気付いていなかったようだったけれど、実は同席していたコンスも何か察したように顔を逸らしていた。ちなみに、マークは後日あの時のジェイク格好良かったななんて言っていた。クリティカルである。スティーヴンの予測するジェイクの目論見、つまり『マークに格好良いって言われたい!』は、だいたい上手くいっているようだった。
 顔を合わせただけでなんとなく分かってしまったのだから、ジェイクの分かりやすさはマークに似ているのかもしれない。マークだって嘘だろと言ってしまいたくなるほど分かりやすいのだから、ジェイクの分かりやすさもそれはもうお察しのものだった。普段の行動だって分かりやすい。ソファの座り方ひとつだって全然違う。スティーヴンだけが部屋にいる時は肘掛に肘をついて凭れていたりしたのに、マークが帰ってきた瞬間にクールに足を組んでいたりする。自分に見せる顔も他人に向けたものとはまた違うことは分かっていたし、あまりにも分かりやすい行動がちょっとばかり面白かったから、スティーヴンとしてはもう少し彼のそんな分かりやすい格好の付け方を見ていたくもあった。
 けれど今回のそれは、なんだか違うような気がする。苦手なものを無理して美味しいふりをして飲むことに、スティーヴンは今までのような微笑ましさを感じられずにいた。
 二人分のカップを手渡したマークが、一緒に買ってきてくれたらしいパンを片付けにキッチンに戻る。マークが背を向けた瞬間にジェイクの眉が寄ったことをスティーヴンは見逃さなかった。
 ソファの隙間を埋めるようににじり寄り、唇のひん曲げられた顔に顔を寄せる。珍しく一拍遅れて反応したジェイクは、少しだけ身体を仰け反らせて「なんだ?」と片眉を上げた。
 分かりやすい。
 あまりにも、分かりやすい。
 いつも通りの余裕に満ちた顔をしてみせようとしたらしいジェイクは、苦さに寄ってしまった眉を未だ戻すことが出来ないでいるようだった。なんとか笑おうとしたらしい彼の眉にきゅうと力がこもっている。好きでやっているのなら応援したいけれど、ジェイク本人が我慢してしまうのならやめるきっかけぐらいは作りたかった。
 その後どうするのかは、もちろん本人の自由だけれど。
「……ジェイクってさ」
「あ、ああ。どうした?」
「ミルクや砂糖、コーヒーに入れたことある?」
「……それがどうかしたのか」
「べつに?もしまだ入れたことがないのなら、試してみるのも良いんじゃないかな。好きな味に整えるのもクールなんじゃないかと思ってさ。ねえマーク」
「何の話だ?」
 自分の分のカップを持ってやって来ていたマークにジェイクが飛び上がる。コーヒーを一滴も零さなかったのは流石だけれど、気配に気付けないぐらいには動揺していたらしかった。
「ね、マーク、ブラックコーヒーってクールだと思う?」
「……? コーヒーとクールさって何か関係あるのか?」
 心の底から不思議そうな顔をして首を傾げたマークが、「そう思うやつもいるんだな」と真面目に頷く。ぽかんと口を開けたジェイクは目までまんまるくしてマークを見上げていた。
「……マークは、そう思わない?」
「ああ。好きな味で飲んだら良いだろ」
 おそるおそる尋ねたジェイクがソファに沈み込む。がっくりと落ちた肩がなんだかせつなくて、スティーヴンはローテーブルに手を伸ばしてシュガーボトルを引き寄せた。
「甘いのも美味しいんじゃない?」
「なんだ、試したことがなかったのか? ミルクも入れてみるか」
 ジェイク・ロックリーミルクコーヒー未経験説がようやくマークの中で繋がったらしく、丸くした目を瞬かせた彼がキッチンにミルクを取りに戻る。顔を覆ったジェイクはもう何も言えずにいるようだった。
「……ちなみに、ブラックコーヒーがクールだと思っていたのはどうして?」
「昔……マークが好きだった映画の主人公が飲んでたから……」
「ああ……それで……」
 生まれたばかりの頃からマークを見ていたらしい彼が、何をどうして『格好良い』に拘るようになったのかの理由を確信して唇を閉ざす。彼の表すクールさやスマートさは、まさに映画に出るようなハードボイルドな主人公のものだった。ほとんど全て、マークが観ていた映画が元になっているのだろう。誰にも助けを求められなかったマークを助けられる誰か、マークが手を伸ばすことを自分に許せる誰かはきっとそんな映画の『格好良い』主人公だった。
 なるほどともうひとりの自分のような彼の肩を叩いてソファの背に凭れる。独特の香りのする飲み物をひと口飲んで、分かっちゃうんだもんなあとキッチンに立つ背中を見つめた。
 スティーヴンだって、マークに『助けて』と言われたい。助けを求められる相手でありたい。彼がいたみを呑み込んでしまわないためにクールなそぶりをしてみせるだなんて、彼の行動は笑ってしまいそうなほど単純で明快で子どものような願いの終着点だった。
「ねえジェイク、たぶん、そうじゃなくても今のマークは手を伸ばしてくれるんじゃないかな」
 ちら、とこちらを見たジェイクが口を開く。何か言いたげに息を吸った唇はそのまま閉ざされてしまった。彼もそうであれば良いと思っているのかもしれなかった。
「悪い、待たせた。こっちも美味いぞ」
 ぱたぱたと駆けてきたマークが、いつだったかに見たような緊張なんて全く無い顔でテーブルにミルクを置く。リラックスしてくれているのがなんだか嬉しくて、スティーヴンは唇を緩めながらぽんぽんと自分の隣を叩いた。
「マークもおいでよ。ほら、詰めたら三人座れるだろ」
「あ、ああ」
 顔を覆っているジェイクをちらちらと見たマークが、スティーヴンとジェイクの間へと腰を下ろす。ちょっとばかり狭かったけれど、ぎゅうぎゅうに詰めあって身を寄せあうのはなんだか居心地が良かった。
 大きく深呼吸をしたジェイクがテーブルの上へと手を伸ばす。ミルクと砂糖をたっぷり入れた彼は、なにだか不貞腐れたような顔をしてずるずると身体を沈みこませた。
「……美味い」
 大きく吐き出された息と共に零れた言葉に、何故か得意気な顔をしたマークが「だろ」と頷く。ほんのりと耳を赤くしたジェイクとふふんと顎を上げたマークがなんだか可愛らしくて、スティーヴンは目を細めて彼らを見つめた。なんて平和な光景なんだろうとため息すら零れそうになる。これもどうだとミルクと一緒に持ってきたらしいクッキーを勧めるマークに、ジェイクがもごもごと答えているのが嬉しくてたまらなかった。
「僕も食べる!」
「チョコレートチップと、ナッツと……この緑のはなんだ?」
「……緑のは、私が食べる」
「オッケー。美味しかったら教えてね」
 最後の足掻きのように実験台に立候補したジェイクに、ばちんと両目を閉じてウインクする。しょっちゅう買っているベーカリーのクッキーなのだから、全て美味しいことはスティーヴンには分かりきっていた。
「お前は?」
「うーん……チョコチップ……ナッツも捨てがたい……」
「どっちもにするか。俺はいいから、」
 当然のように譲ろうとしたマークに、ジェイクと当時に「それはだめだ!」と叫ぶ。赤い目との一瞬のアイコンタクトで言葉を交わして、こくりと頷いてクッキーを手に取った。
 半分ずつ割ったクッキーをぐいぐいとマークの口元に寄せる。困惑しきった彼に笑ってしまいながら、スティーヴンはジェイクに向けてまたひとつウインクをした。
 目を瞬かせてから吹き出した彼が、ぱちんと赤い目でウインクをする。相変わらずきまっている。『格好良い』を目指していてもいなくても、ジェイクの格好良さは変わらないのかもしれなかった。
 ぐいぐいとクッキーを寄せられたマークが、吹き出すように笑いながらジェイクの手を掴む。あの頃伸ばされなかった、鏡の向こうから見ていることしか出来なかった小さな手は、今やクッキーを齧るためにしっかりとジェイクの手を掴んでいた。
「ん、美味いな」
「あ……ああ、ピスタチオじゃないかと思うんだが」
「ああ……確かに。少なくとも芽キャベツではないな」
 神妙な顔をして言ったマークに、唇を引き結んだジェイクがこくこくと頷く。彼が掴まれた腕から視線を外せないでいることにマークは気付かないでいるようだった。
 胸の奥がぽかぽかとあたたかくなるのを感じながら、「チョコチップもどう?」と肩を寄せるようにぶつける。勢いがおかしかったのか、笑ったマークがぱかりと口を開けてスティーヴンを見つめた。
 ワ、ワア、と言ってしまいながら彼の口元へとクッキーを運ぶ。ちらちらと見える白い歯が四方八方からスティーヴンの心臓を叩いていた。
 ざく、と齧る音を聞きながら、マークの向こうで分かるぞという顔をしたジェイクに唇を曲げる。君ほど分かりやすくはないつもりだけどと言いたかったけれど、熱くてたまらないスティーヴンの頬は唇を開かせてはくれなかった。
 自分もとクッキーを口に運んで咀嚼する。
 甘いお菓子は新たな日常の一部になりそうだった。